医療法人社団 正鵠会

四街道メンタルクリニック

介護保険について

1. 行政の福祉サービスから介護保険へ

 これまで福祉事業については、基本的には行政の福祉サービスに則って福祉法人等がこれを実施するという形で行われてきた。福祉事業のあり方を問い直す事無く、「高齢化時代の要請」という潮流に流され、保険制度として福祉が定着しうるのかどうか、医療保険が破綻しつつある現実をふまえた議論なのかどうかというような事も検証せぬままに、「介護保険」に反対するものは人非人でもあるかのような雰囲気の中で介護保険法案が成立し、いよいよ実施されようとしている。地方自治体の福祉サービスから介護保険という全国一律制度にかわることでサービスが低下したり切り捨てられる人も出てくることが予想されるのであるが、そういった人々に対して誰が責任を持って対応していくのか、責任の所在を明らかにすべきである。保険制度は責任の所在が曖昧になりやすい制度でもある事を銘記すべきである。

2. 『全国一律』と地方自治体が実施者であること

 介護保険は各市町村が(あるいはその市町村のいくつかが集まって)保険者となり、被保険者たる対象者に介護サービスを実施していく仕組みであるが、厚生省は地域格差をなくすためと称して全国一律の介護度の認定基準と認定審査会の運営要綱を押しつけている。

 押しつけている認定基準がある程度妥当と認められるようなものであれば良いのだが、残念ながらきわめて大きな問題を抱えているいわば欠陥商品である。一次判定ソフトは老人介護福祉施設でのタイムスタディーを元にして作成されているため、介護保険がうたってる「在宅での介護を重視する」という理念とは裏腹に、在宅介護で一番困難を極めるいわゆる問題行動をかかえる痴呆老人をあまりにも低い介護度に判定してしまうことがままあるのである。私は、一次判定ソフトをより妥当でもっと評価に耐えうるものに変えていく必要があると考え、そのためにも一次判定ソフトそのものへの異議申し立てをしておくべきと思い、どこに意見表明すればよいか問い合わせたが、千葉県からの回答は「医療保険福祉審議会等での検討結果から、全国一律の基準で行うことと決定されたものであり、その旨を説明し、理解を得ていただくこととなります」という回答にもならないものが返ってきたのみである。すなわち、一次判定ソフトへの疑義は受け付けない、意見を吸収する機構はないということなのだろう。このような欠陥商品を押しつけておいて、それに対する異議も受け付けようとしないという厚生省の姿勢には怒りを覚えざるを得ない。

 さらには、各市町村で行われる認定審査会で介護度を認定審査することになっているのだが、その認定審査会の運営に関しても「介護認定審査会運営要綱」を定めて『全国一律』となるように細かく指定している。その中に、一次判定に用いる「基本調査結果と一致する主治医意見書の内容」に基づいて一次判定の結果を変更してはいけないという項目がある。これはどういうことかというと、例えば基本調査の時に、暴行、暴言・異味異食という項目について「あり」と記載されていた場合、主治医の意見書に「暴言、暴行の頻度も高く何でも口に入れてしまって大変危険であるため24時間にわたって付ききりの介助が必要である」と記載してあったとしても、既に一次判定で勘案されているからという理由で一次判定結果を変更できなくなってしまうのである。それは困ると思って質問したところ千葉県からは「基本調査の当該項目に記載され一次判定の原案が確定した後、さらに特記事項や意見書に介護に要する時間にかかる具体的内容が記載されている場合はそれを理由として一次判定の原案を変更するすることはできます」との回答があった。運営要綱には、「特記事項又は主治医意見書の内容に基づいて介護に要する時間が延長又は短縮していると判断される場合」は一次判定の結果を変更することができるという記載もあり、先の「基本調査結果と一致する主治医意見書の内容」に基づいて一次判定の結果を変更してはいけないという記述と、どちらが優先されるのかを問いたかったわけであるが、回答は「変更できる」というのであるから、主治医意見書(あるいは特記事項)の内容が基本調査と一致する内容であっても介護時間に関する具体的言及があれば一次判定を変更してよいということであろう。このように、介護認定審査会運営要綱には細かい規定が設けられておりそれぞれの規定の優先順位がわからないとコンフリクトを起こしてしまうようなものまであるのである。そして、厚生省、県は各自治体での裁量は認めず、この規定通りにやれというのである。

 殆ど各市町村での認定審査における裁量権は奪っておいて、「認定審査会の結果が不服であるとして再審査や、トラブル、起訴されるなどの事態に至った場合、認定審査会委員の身分保障はどうなるのか」という質問に対して「認定審査会委員は市町村長から委嘱を受けて業務を行うことであり、市町村の責任において対応いたします」という回答が県からあった。なぜ厚生省や県が責任を負わないのかわからない。特に一次判定ソフトによる介護度の判定がでたらめであるためにおこるトラブルに厚生省が責任を負わないというのは全く納得できない。現場での混乱やトラブルをフィードバックして制度や基準を改善しようという姿勢も全くみられないのでどうやって解決すればいいのかも見えてこない。

 介護保険の入り口にすぎない認定審査の段階だけでもこのような問題があるのに、実際に介護を支給する局面に入ったら一体どうなってしまうのか大変心配である。

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